歩く

あるきながらうたおう

まだ、生きている

 

 

火を眺めていたり、海を眺めていたり、ぶたを眺めていたりするとゆうに2時間は過ぎる。

 

 

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農園での作業を終えて、長靴を履いたまま、手は土だらけのまま、自転車にまたがる。小さなラジオのダイヤルを回して曲を探す。

木にかこまれた坂を両手放しで下って、牧場を眺めながら少しこぐ。木が途切れ、水面が光って海の匂いが漂う。

砂の上に自転車を横たえて、流木に腰掛ける。

 

水面に反射する太陽の中を鷺が歩く。

 

 

 

 

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次の日は木の向こうに沈む太陽を眺めながら火をおこす。

ふと振り返れば向こう側の木々が夕日に照らされて輝く。

 

火は踊り続ける。

 

 

 

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次の日は餌の入った樽の上に腰掛けて柵の外からぶたを眺める。

 

ぶたは水浴びが好きだ。泥のなかに飛び込んで、泥まみれで寝転んでしっぽを振る。

食べるのも好きだ。溢れた餌のなかに寝転んで、口だけ動かしながら食べ続ける。

空腹な時は少し怖くて、生身の人間なんて弱いものだと知る。

ぶたの尻は引き締まっていて、たるんでなんかいない。

 

幸せな時、しっぽを振る。

 

 

 

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 そしてその幸せそうなぶたを我々は一ヶ月後に殺す。 

 

 

生きているものを殺して、土から植物を掘り出して食べているという何度も確認したはずの事実を再確認して衝撃を受けるという衝撃。

 

 

ペットショップにおもちゃのように積まれた豚の耳も、子ヤギも、走っていたのだ。

 

 

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農園で時間を過ごせば過ごすほど人間も動物も植物も根っこはおんなじなんだと思う。体を動かして、土に触って太陽を浴びて、青空を見上げると無性に嬉しい。

 

 

広々としたところで過ごすぶたは幸せそうで、

小さなケースから畑に移すときのレタスの芽は手を通じてその喜びを伝えてくる。

水と太陽をしっかりと浴びた野菜はやっぱりハッピーだ。

 

 

ある実験室のような部屋に入った時の感覚が忘れられない。密集していて太陽を浴びず、土に触れないで育てられた植物。空気にぞっとしたのを思い出す。

 

  

人間も多分同じではないか。

いろんな形の幸せはあるとしても、生きているものとしての一番基本的な幸せはおんなじではないか。

そこが失われてはいけないのではないか。

 

 

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とにかく私は生きていることが嬉しい。夕焼けに光る草と蜘蛛の巣を眺めていられることが最高に嬉しい。夕日の沈む海を見ながら、打ち寄せる波の音を聞きながら、洗っても落ちないほどに土が染み込んだ手で字を紡げることがとても嬉しい。

 

 

水が光でうねっていて、浜辺の石も光っていて、海の匂いが漂っていて、砂浜の小さな山々が影と光を作っていて、ふと振り返れば自分の影がそこに伸びているのが本当に嬉しい。頭を抱えたくなるほどに、うち痺れるほどに、これは夢ではないかと思うほどに、この身体が愛おしくて、嬉しい。

 

 

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人生は川みたいだと思う。どこに行こうが何をしようがみんな最後は大きな海にたどり着く。みんな混ざる。それぞれの川が運ぶ土が、物語が、海に蓄積される。その水を元にまた川が生まれる。

 

 

川と川が出会って、ただ一度交差するだけの時もあればしばらく一緒に走る時もある。一つの大きな川になる時もある。

 

 

一度触れればお互いの水は少し混ざる。

別れた後も、その川の水が自分の中で渦巻いている。

  

 

いろんな物語が、自分の中で渦巻いている。

  

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人生は別れの連続かもしれない。

穴も開いて、傷もつくのかもしれない。

 

 

それをこの身体に刻みつけていきたい。この時間というものと出会いというものを刻みつけて、海にたくさんの物語を連れて帰りたい。

 

削られてつるつるな丸い石よりも、私はぼろぼろで傷付いた流木になりたい。

その姿で堂々と横たわるような、欲張るならば少し優しげな流木になりたい。

 

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